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劇場入りのすゝめ

 おととしの秋、初めて行ったお笑いの劇場のお客さんは、ほとんど女性だけだった。僕は男ひとりで来ている自分が恥ずかしくて開演するまで気配を消しながら下を向き、配られたチラシをものすごく熱心に読む人を演じ続けた。席から立ち上がって劇場を出るときは、「自分はこの劇場に勉強しに来ている若手ピン芸人だ」と自分に言い聞かせまくった。

 それからお笑いの舞台に足を運ぶたびに、なるべくその羞恥を軽減しようと試みてきた。ライブの種類にもよるが、早く行きすぎると客席はガラ空きで、あとから来た客の目にさらされる上にものすごく暇を持て余す。しかし遅すぎるとお客さんの間を縫うようにして自分の席にたどり着かねばならず、そのときに顔を見られて恥ずかしい思いをする。開演5分前にマスクを付けて劇場に入るのが一番いい。客がどっと入ってくる時間なので目立たないし、もし顔を見られても目元しか見えないので印象に残らないはずだ。僕はその「5分前マスク作戦」を使って数々のお笑いライブを切り抜けてきた。

 そんな中、先日マヂカルラブリーが出演する舞台「マシュマロのキオク」を観に行った。しかしいろいろと用事があって時間の余裕が無くなってしまったため、開演5分前に最寄りの駅に着く電車にしか乗ることができなかった。劇場までおよそ5分。駅から走った。もしかしたら開演後は劇場に入れさせてくれないかもしれない。冷たい汗があふれ出す。マスクをし、パソコンでプリントアウトした劇場までの地図と、チケットと、汗で湿ったハンカチと、あらかじめ脱いでおいた上着を持ちながら劇場にイン。開演1分前に着くことはできたが、あり得ないほど汗をかいた眼鏡の男がD列の9番席に座る様子はすべての客の視界に捉えられた。鼓動がすごい。暑すぎてマスクはとうに外していた。あの時の僕の体から放出された熱を利用すれば発電が可能だったと思う。

 ただただ気持ちの悪い客として僕はもはや開き直りながら、「先輩芸人の出るライブだからどうしても遅刻するわけにはいかなくて」という一生誰にも言うチャンスのない嘘の言い訳を意味もなく脳内でこしらえた。
by msk_khr | 2012-01-14 23:01 | 日々のこと