限界だった

　展覧会の初日に作品が1点売れた。その場で僕は販売価格の10,000円を受け取った。その方は僕の作品を大変気に入って下さり、グループ展全体の中で一番良いとさえおっしゃって下さった。僕は感動した。お札を挟むことしかできないタイプの財布を使いこなすその方と、夏服を買うのを我慢している僕にとっての10,000円の価値は違った。僕はレシートで膨らんでいる自分の財布に、頂いた福沢諭吉を大切にしまい込んだ。

　帰り道にこのお金の使い道を考えた。作品が売れることには慣れていなかったので、思わぬ臨時収入だった。働いた実感がないのにお金が入るというのは不思議な感覚だ。こういった何もしてないのに手に入れたお金は、「もともとなかったと思えばいい」と自分に言い聞かせることで物欲の犠牲になりがちなので気をつけなければならない。

　額のための資金、というのが最初に頭に浮かんだ。12月に予定している個展で大きめの作品をいくつか出す。その額の値段がいくらになるか想像できなかった。僕は小さめのサイズである大衣（ダイコロ）の額しか注文したことがない。一番最初の個展で額縁を揃えておけば、今後の展覧会でもそれらを使い回すことができる。最も大きな作品となる大判サイズの額は工房の方が貸して下さるとのことだが、できればそのサイズも早めに作っておきたい。大きい額は版画ビエンナーレ的なものに応募する際にいずれ必要になるからだ。

　額のためでないにしても、来年の引っ越しのために少しでも多くの積み立てをしたい。引っ越し資金は今のところ0円。春までに2〜30万は貯めておきたいところだ。ほとんど絶望的な金額だが、個展で作品が売れればなんとかなるかもしれない。なんにしろ今回の10,000円は使わずにとっておくのが賢明だろう。僕は作品を買ってくれた方に改めて感謝しつつ、作家として生きていく喜びを噛みしめながら帰路についた。その日は久しぶりにぐっすり眠ることができた。

　次の日、僕は夏物の洋服を買った。