ないものだらけ

　スーパーマーケットに行ったら卵がなかった。つまり今夜は僕の大好きな五目チャーハンを作ることができない。
　牛乳もなかった。すると今夜は得意料理のクリームシチューも作ることができない。
　驚いたことに、もやしもなかった。インスタントラーメンを数倍魅力的な料理にしてくれる彼も入荷待ちとなっていた。
　　
　あきらめるしかなかった。ないものはしょうがない。自分で鶏卵を産むことができればいいのだが、ニワトリじゃない僕にそういった機能は付いていない。試してみないとわからないが、多分牛乳も出せない。人間のあまりの無力さに僕は打ちひしがれた。
　だだし、もやしはラーメンに絶対に必要なわけではない。キムチとバターを入れれば比較的満足のいく仕上がりになるはずだ。それにまだおととい作ったカレーが少し残っている。その鍋が空かないことにはシチューを作ることなんてできないのだ。腹いせに買ったロールケーキを一本丸ごと平らげるという残忍な計画を企てていた僕は冷静な思考を取り戻した。

　実家からもらった米を3合炊いた。インターネットで4,000円で買った炊飯器にはタイマー機能がない。ひとつだけ小さなツマミが付いており、「炊飯」にあわせると数十分後にご飯が炊けて「保温」へとツマミが移る。いたってシンプルな仕組みだ。炊飯器の裏には漢字しか書かれておらず、完全には解読できないが、「中華民國」という言葉だけはたやすく読み取ることができる。
　炊きたてのご飯を火にかけたカレーの鍋に少しずつ投入。以前ご飯を入れすぎて微妙に薄いドライカレーのようになってしまったことがあったので、今回は慎重にバランスを見た。

　カレーを食べたあとに麦茶のティーバッグがなくなっていることに気がついた。伊藤園の54袋入りの麦茶だ。僕はほぼ毎晩それを煮出し、お気に入りの冷水ポットに入れて飲んでいる。今日の分はもう残りあとわずかだ。
　今夜中にまた作っておかなければ明日の朝がつらい。寝起きはひどく喉が渇くのだ。僕はコートを羽織り、近所のスーパーまで自転車を走らせた。

　スーパーは真っ暗だった。普段は0時まで営業しているその店は、震災の影響で夜8時に本日の営業を終了させていた。僕はもうひとつの、24時間営業しているが深夜帯のレジ番がオカマっぽいのでできるだけ利用するのを避けている業務用スーパーに行ってみた。しかし僕の求めている麦茶の棚だけが忽然と空になっていた。

　家に帰り、夕方に腹いせで買ったロールケーキを一本丸ごと平らげるという残忍な計画を僕は黙って遂行した。