人気ブログランキング | 話題のタグを見る

memo

なんとか生きている

 最初の揺れが一旦落ち着いたあと、状況を知るためにテレビをつけた。どの局でも地震に関するニュースをやっていたが、僕はなんとなくNHKを見ていた。僕の住む町は震度5を観測していた。

 僕はその日とある版画のコンペに応募するため、作品の直接搬入に行こうと準備をしていたのだが、地震によって電車が止まり、搬入場所に行くことができなくなってしまった。逆にあと30分早く家を出ていたら、A1サイズのダンボールで梱包された作品と一緒に地下鉄内に閉じ込められていたかもしれない。ふたつ提出する作品のうちのひとつのタイトルがどうしても決まらず、記入書類のそこだけを空欄にしたままギリギリまで悩んだのがある意味正解だったと思う。
 研究所の先生が勧めてくれたコンペだったので出せないのは悔しかった。ただそれよりも事前に振り込んだ出品料のことが気がかりだった。返金はしてもらえるのだろうか。2,000円は大きい。搬入期限の5時までおよそ1時間強だったので、自転車で猛ダッシュで向かうことも考えたが、絶対に道に迷うと思ったし途中で万が一作品が損傷してしまっては元も子もないので断念した。

 仕方がないので応募は諦め、テレビを付けながら部屋の片付けをすることにした。いくつか物が落下していたが、もともと床に物が散乱していたのであまり部屋の風景は変わっていない。
 すると珍しくインターホンが鳴った。いつもなら居留守を使うのだが、状況が状況なので近所の人かと思い僕はドアを開けた。ドアの外にはNHKの職員がいた。

 NHK受信料の支払いの契約を僕はまだしていなかった。引っ越してきた春頃にも同じようにNHKの人がやってきたが、その頃はまだテレビが家になかったのでそのままお引き取り願った。しかし今回はそうもいかない。玄関まで思いっきりテレビの音が届いている。僕はよくNHKの番組を見るし、受信料を払わない主義の人間でもないので契約をすることにした。
 NHKの人はわざわざ地震の直後をねらって訪ねてきたのではないだろうかと思った。口座振替の契約複写紙を渡され、記入が済むまでドアの外で待っていると言う。何だか気味が悪かった。余震に怯えながら書類を埋める。災害時に便乗して犯罪が多発するというネットの記事があったので、一応契約書のコピーをとった。

 村上春樹の「1Q84」にNHK受信料の集金人が重要な役割として出てくる。その中で彼は集金に恐ろしいほどの執念深さを持って家々を回る。僕の家に来た人も何かに追い立てられているような様子だった。ノルマがあるのかもしれない。
 去年の夏頃に読売新聞の人が契約を取りに来た時も似たような感じだった。夜の9時頃に来たその人は、ドアを開けると洗剤や読売ジャイアンツのロゴマークが描かれたハンドタオルを「今日はここが最後なのでよかったらもらって下さい」などと言って渡してきた。ああいうものは受け取ってはいけないと思った。ひとつもらってしまうと在庫処分みたいな感じで洗剤10箱ほどとタオル10枚、お米5kgを次々と渡され、一番最後に「ご協力いただけないでしょうか」と契約書を出してくる。僕は押しに押されて1月から3月までの一番短い契約をしてしまった。なんだかもう申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまったのだ。
 結局そのあと急激に腹が立ってきて、クーリングオフの仕方をネットですぐさま調べて契約取消通知書を簡易書留で送った。特に返事が来なかったのでしばらくは不安だったが、1月に入ってから新聞は届いていないのでうまくクーリングオフできたようだ。もらった米や洗剤は手を付けずにすべて捨てた。

 ひとりで暮らすようになって、少しずつ世の中のことがわかってきた。自分の身は自分で守らなければならない。信頼できる人はいつも遠くにいる。今回の地震で、災害に対する備えが不十分であることを実感した。懐中電灯やヘルメットなど、いざというときに必要になりそうなものを買っておかなければならない。
 食料に関しては特に用意しなくてもいいということもわかった。なぜなら僕の食生活は日頃から非常食を中心に成り立っているからだ。 
by msk_khr | 2011-03-16 23:18 | 日々のこと