歯よ、さようなら
週末に歯を抜く。
まずは左上の中程、ひとつだけ内側に生えている歯から取りかかる。こいつは中学3年の頃、学習塾に通い受験勉強に勤しむ僕を散々苦しめたやつだ。当時、生えてきたときは驚いた。一体どこに潜んでいたのだろうと思った。歯茎を突き破って突如現れた硬く小さなエナメル質。とりあえずそこに新たな歯が入れる場所はない。電車の座席が幅的に0.5人分くらいのスペースしか空いていないのに無理矢理座ろうとすることと同じくらい無謀である。ものすごく地味に痛かった。さらに少しばかりのかゆみを伴っていた。これ以上は耐えられない、という波が週に何度かやってきたが、僕はそれを精神力で乗りきった。そして「忍耐」という言葉を覚えた。
この歯が生えてから、心なしか滑舌が悪くなったような気がする。「あ」から「ん」までをひとつずつ、ゆっくりと発音してみると、「き」や「に」を発音するときに舌が歯に当たって少し中途半端な発声になる。しゃべっている途中にたびたび噛んでしまうのも全てこの歯が原因だと僕は決めつけている。
しかも歯と歯の間から見事に斜めに出てきているので、通常の並びの歯とのすき間に食べ物のかすが詰まる。鶏肉やネギ類が多い。意外とナッツ系も取れにくい。このときもやはり少しばかりのかゆみを伴う。
あげくの果てに、口を閉じると少し舌に当たる。歯が舌に常に当たっていると舌癌になるという話をどこかで耳にし、軽く絶望した覚えがある。
そんな不幸だらけの歯とももうすぐお別れだ。そう考えるとあんなに憎かったこいつが愛おしく思えてくる。僕はいつもこの歯を舌の先でなめていた。考え事をするときなんかは特にそうだ。無意識のうちに触れている。抜いてしまったらそこに大きな穴ができる。歯茎はやがて自らその穴を塞ぎ、まるで歯なんてはじめから無かったかのように、きれいに元通りになってしまうだろう。そしてそこにはもう、永久に新しい歯は生えてこないのだ。
しかし人は前に進まなければならない。歯を抜くか抜かないかの分かれ道に立たされたとき、僕は迷わず抜く方を選んだ。きっとこの先には明るい未来が待っているはずだ。抜歯した後にものすごく滑舌がよくなっている自分を想像しながら、僕は舌の先で歯に触れた。
すき間にネギが詰まっていた。
まずは左上の中程、ひとつだけ内側に生えている歯から取りかかる。こいつは中学3年の頃、学習塾に通い受験勉強に勤しむ僕を散々苦しめたやつだ。当時、生えてきたときは驚いた。一体どこに潜んでいたのだろうと思った。歯茎を突き破って突如現れた硬く小さなエナメル質。とりあえずそこに新たな歯が入れる場所はない。電車の座席が幅的に0.5人分くらいのスペースしか空いていないのに無理矢理座ろうとすることと同じくらい無謀である。ものすごく地味に痛かった。さらに少しばかりのかゆみを伴っていた。これ以上は耐えられない、という波が週に何度かやってきたが、僕はそれを精神力で乗りきった。そして「忍耐」という言葉を覚えた。
この歯が生えてから、心なしか滑舌が悪くなったような気がする。「あ」から「ん」までをひとつずつ、ゆっくりと発音してみると、「き」や「に」を発音するときに舌が歯に当たって少し中途半端な発声になる。しゃべっている途中にたびたび噛んでしまうのも全てこの歯が原因だと僕は決めつけている。
しかも歯と歯の間から見事に斜めに出てきているので、通常の並びの歯とのすき間に食べ物のかすが詰まる。鶏肉やネギ類が多い。意外とナッツ系も取れにくい。このときもやはり少しばかりのかゆみを伴う。
あげくの果てに、口を閉じると少し舌に当たる。歯が舌に常に当たっていると舌癌になるという話をどこかで耳にし、軽く絶望した覚えがある。
そんな不幸だらけの歯とももうすぐお別れだ。そう考えるとあんなに憎かったこいつが愛おしく思えてくる。僕はいつもこの歯を舌の先でなめていた。考え事をするときなんかは特にそうだ。無意識のうちに触れている。抜いてしまったらそこに大きな穴ができる。歯茎はやがて自らその穴を塞ぎ、まるで歯なんてはじめから無かったかのように、きれいに元通りになってしまうだろう。そしてそこにはもう、永久に新しい歯は生えてこないのだ。
しかし人は前に進まなければならない。歯を抜くか抜かないかの分かれ道に立たされたとき、僕は迷わず抜く方を選んだ。きっとこの先には明るい未来が待っているはずだ。抜歯した後にものすごく滑舌がよくなっている自分を想像しながら、僕は舌の先で歯に触れた。
すき間にネギが詰まっていた。
by msk_khr
| 2010-11-18 03:17
| 日々のこと