富士山

　山梨県に行った。そこでこの国で最も高いといわれる山を見た。今までに何度か目にしたことはあったものの、ここまで近い距離で見たことはなかった。
　絵のモチーフとして扱われることも多い美しい山であるが、美しいという前に、まずとても大きいと思った。人間にはどうやってもつくることのできない大きさだ。目測だが、多分3776mはあるんじゃないだろうか。あの山の上にならIKEA船橋店が軽く6店舗は建てられるだろう。


　自然物にしてはどこか天体のような不自然さをまとっている。月を見るときの印象とどこか似ているような気がした。周りの山々と違い、光のあたり方によって表情を大きく変えるからかもしれない。

　どうしたらあんなに静かに目立てるのだろうか。彼はなにもしていないのに、富士というだけで完全に特別扱いされている。もし人間に生まれ変わったとしたら、きっと幼い頃から一目置かれる存在になっているはずだ。何があってもぶれない芯を持つ男。時代がどんなに移り変わろうとも、昔と同じようにそこにあるという安心感。器が大きく、無口だが圧倒的なオーラを放つアイツ。これからはそのような富士系男子が流行するに違いない。

　旅行にはある程度のお金がかかる。楽しい旅から帰る途中、僕は頭の中で銀行の預金残高を思い浮かべた。しかしそこに3776以上の数字をどうしても見い出すことができなかった。給料が振り込まれるまであと半月。僕は絶望感に浸りながら、以前実家からもらってきたクリーム玄米ブラン（ブルーベリー味）をかじった。
　貧乏は人を弱気にさせる。しかし物事を別の角度から見てみると、意外な打開策が発見できることを僕は今までの人生から学んでいた。支出の中で割と大きな割合を占めるのが職場までの交通費だ。僕は関東地方の地図を広げた。今までこの発想に至らなかったことが不思議なくらいだ。お金はないが、健康な身体が自分にはあるじゃないか。

　隣県の職場まで自転車を走らせるイメージが目の裏に完全に定着する間、上野のパチンコ店の前に佇んでいる自分の後ろ姿が数秒に一回の割合でちらついていた。